「内定者の取り消しをしない。」と決めた、私。
2008年、リーマンショックと呼ばれる経済クライシスが起こりました。この影響は米国のみに留まらず、世界不況の火ぶたを切る発端となりました。中小の企業はもちろん、名だたる大企業も内定取り消しを発表。ミズノ役員会席上においても、内定取り消しやむなしの空気が流れていました。しかし私が社長として出した結論は、内定者の入社正式決定でした。もちろん、この結論に達するまでには、長い時間が必要でした。
しかしミズノを知っていただき、就職面接にも果敢に挑んでくれた内定者に対し、取り消し通達をすることは、彼らの人生を狂わすことになる。ミズノの知恵でこの難局を乗り越えればいいと考えたのでした。この結論の根底にあったもの、それは「私の理想の会社像」に反するということでした。
MIZUNOこそ、私の「理想の会社像」
小学校の文集に、「将来の夢は水野商店の社長」と書いた私ですが、その後も変わることなく、この夢の実現のために人生の舵取りをしていました。私が入社した1999年当時、ミズノは水野商店と呼ばれる5人ほどの金属スクラップ業者でした。それまで私は、東京にあるOA機器企業に勤めていました。
ここでの経験は、「私の理想の会社像」に大きな影響を及ぼしたのです。社長以下30人程度の組織のダイナミックな動きに、理想像を見出していました。社員教育にお金も時間もかけること、和気あいあいではあるがそれぞれプロとしての意識をしっかり持って仕事ができる職場環境。これをミズノで実現したかったのです。社員のお陰もあり、ミズノは私の理想の会社像になりつつあります。
今後ミズノは「産業から知業へ」をスローガンに、産廃マネジメントカンパニーを目指します。 |